みむコラム

先生は未熟者

こんにちは!三村智保です。

 

私が中学生の頃の事で、今でも時々思い出す事があります。

プロ棋士を目指していた私は、院生の試合に行くために学校を早退したり、校内行事に出られない事がありました。

ある日体育祭の練習の時間に、本番当日に参加できない事が決まっていた私は、練習に参加せず列から少し離れた所に座っていました。

その私に気がついた理科の先生が、いきなり靴を脱いで投げつけました。

「何やってんだオマエ!」相当キレて怒鳴っていたと思います(笑)。

事情を話したら理解してもらえたものの、靴を投げた事を謝ったりはしませんでした。

 

確かその先生は26才くらいの男性でした。情熱的で面白い授業をする先生で、楽しく学べた記憶があります。

反面怒る時は激しかったのですが、今の私から見れば、26才というのは、かなりの若造です。

理由も聞かずに靴を投げつけておいて、謝らない。というのは教師として良くないけれど、まだ未熟で仕方なかった。その先生なりに頑張っていたのだと思います。

それでも当時14才の私は傷つきましたし、怒りも感じました。私達生徒から見れば、先生は皆立派な大人の筈だと思っていたのです。

でも全然そうではないのです。

26才は教師としてまだ駆け出しでしょう。生意気盛りの中学生に、力で押さえつける以外の技が無かったかも知れない。

感情のコントロールも出来ず、ミスも多いのは仕方なかったと思うのです。

 

そして実は、30才を過ぎても、40を過ぎても、人はそんなに大きく成長しているとは限らない。特に私の場合。

 

道場の生徒たちには私を「プロ九段の偉い先生」だと思っている子もいるでしょう。

でも私は自分で分かっています。

プロって言っても、解らない事だらけなのです。毎日の様に囲碁で間違い、ミスをします。

 

人間的にはもっとミスばかり、生徒にも大人の対応が出来ない事があります。

前日飲みすぎて体調が悪かったり、嫌なことがあってイライラしていたり、それで機嫌悪く叱ってしまう事があるのです。

顔には出さないけれど、内心反省していたりします。

 

囲碁の道も、人間としてもまったくの未熟者、勉強中の身なのです。

 

皆さんのお父さんお母さんにも、そういう面があるかも知れません。

 

大人だって皆勉強中、まだまだヘボなんだ。

でも未熟なりに精一杯頑張っている!

そんなもんなんだって考えてみると、少し見方が変わって面白いと思います。

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